日本の”オールド”古酒

鎌倉から江戸時代に、貴ばれた古酒

古酒の歴史からご紹介しましょう。応用微生物学の世界的な権威であり、“酒の博士”と謳われた故・坂口謹一郎先生によると、もっとも古い古酒の記述は鎌倉時代にあるそうです。日蓮上人(1222年- 1282年)が信徒に送ったお礼状の中に、「人の血を絞れる如くなる古酒を、仏、法華経にまいらせ給える女人の成仏得道疑うべしや」と、古酒をもらったことを喜んでいます。坂口謹一郎著「酒学集成」また江戸時代の食に関する事典「本朝食鑑(1695年)」には、「3、4、5年を経た酒は味が濃く、香りが良くてもっとも佳なり。6、7年から10年になるものは、味が濃く気は厚め、色は深濃で異香があって、なお佳なり」とあります。その当時の引き札(現在のチラシのようなもの)によると、古酒の値段は新酒に比べて数倍もしていたようです。

こうして長い間、貴ばれ愛されてきた日本酒の古酒がこつ然と消えたのは、明治時代になってからのことでした。その大きな理由は、「造石税(酒を造った段階で課税される酒税制度)」であったといわれています。まだ微生物学が発達していなかった時代であり、高い税金を払った後に、腐るかもしれない危険を冒してまで日本酒を熟成させることは困難。こうして日本の古酒は姿を消したのです。

坂口謹一郎著「酒学集成」。その「日本の酒」の項では、「酒の育ちの上で一番大切なのは、何といっても熟成味であろう」とあり、現在の日本酒で軽んじられている熟成酒の魅力を語っています。

昭和になって復活、日本の古酒

一本義 夢語り古酒

一本義 夢語り古酒。緑の一本義・金印の原酒を、22年間熟成させた長期熟成酒。

明治から続いた造石税が昭和29年に廃止され、昭和の後半になって、日本各地の蔵元で酒を熟成させようというロマンが芽生えます。一本義も古酒づくりを開始します。しかし、熟成酒の面白さに目覚めたのは、まったくの偶然からでした。

時が昭和から平成に移り変わる頃のこと。当時、燗酒を前提にした今までの概念から外れた、まったく新しい味わいの新商品をつくろうと考えていました。それは、通常の半分くらいのアルコール度数で、甘酸っぱくスイスイと飲みやすいお酒でした。完成はしたのですが、当時の製造部長の「こんなジュースみたいなものはお客さんがびっくりしてしまう」の鶴の一言で商品化は見送りに。そのまま蔵の奥のタンクで、数年間忘れたように貯蔵されていました。この酒を入社したての小林(現製造部長)が見つけ、試しに注いでみると、美しい琥珀色、不思議にもスパイシーな香りが漂いました。長年置いた日本酒は、「老香(ひねか)」と呼ばれる好ましくない香りが出てくるのが普通ですが、この酒から放たれる香りは、それとは別次元。「熟成は面白い」。その場にいた全員が魅力を感じ、熟成酒づくりの取り組みが始まりました。

熟成酒の取り組みは、20数年に

一本義では現在、三カ所の貯蔵所でお酒を寝かせています。一つ目は常温倉庫。夏は30度を超え、冬はマイナスになり、お酒の保存には適しているとはいえない、日本酒に負荷のかかる環境です。二つ目は福井市の足羽山にある笏谷石(しゃくだにいし)採掘跡の洞窟。年間を通じて気温が10度前後で、自然の冷蔵庫のような環境。三つ目は蔵内の冷凍貯蔵コンテナです。

取り組みを始めて20数年。分かってきたことは、熟成させる温度による、日本酒の変化スピードです。常温倉庫で熟成させると、数年の貯蔵で色は琥珀に近づき、老香の後に現れるスパイシーなものやカラメル様、蜂蜜様の甘い香りの片鱗が見えてきます。

一方、低温で一定した洞窟内で熟成させると、最初の数年程度で硫黄臭や漬け物臭が現れたままで、なかなか好ましい熟成レベルが見えてきません。その反面、熟成レベルに達すると、酒の味わいをまろやかに安定させます。そこで現在は常温倉庫で負荷をかけて熟成させた後、その後、洞窟に運び、ゆっくりと熟成をさせるようにしています。

またお酒の酒質によって熟成しやすいものとそうでないものも見えてきました。大吟醸酒などの繊細なお酒は熟成しにくいため、極限までゆっくり熟成。こうすることで、本来の香りの質を保持しながら、トロリとしたまろみをお酒に付与することができます。一方、純米酒や本醸造、普通酒などは早く熟成し、スパイシーな香味変化が存分に楽しめお酒に仕上げています。

福井市内足羽山にある、笏谷石(しゃくだにいし)採掘跡地。笏谷石は「越前青石」と呼ばれ、古墳時代の石棺をはじめ、中世時代の城郭の石垣などに使われてきました。現在も寺社、住宅などに利用されています。

笏谷石採掘跡地は、千年にもわたる採石の結果、内部はアドベンチャー映画に出てくるような幻想で迷路のような空間が広がっています。

古酒と食の楽しみ方。

純米酒や本醸造、普通酒などを熟成させ、スパイシーに変化したお酒は、普通の日本酒では意外に思えるような食としても合います。その代表格は、チーズ、チョコレート、干した果実、ナッツ、そして中華料理です。高級中華料理の「銀座アスター新宿店」では、一本義の熟成酒「古熟」を料理に合わせてみたところ、あまりの相性の良さに驚かれ、アルコールメニューにリストされるようになりました。その他、鰻の蒲焼、カレーのルーを肴にするのも相性良しです。

そしておすすめの活用法。アイスクリームに熟成酒をちょっぴりかけてください。素敵な大人のデザートになります。(「一朋」など大吟醸熟成酒は、スパイシーな熟成変化を意図していませんので、こうした食の楽しみ方は当てはまりません)

なお、お楽しみいただく温度帯は、「古熟」や「慕古」などスパイシーに熟成させたお酒は、室温からぬる燗ぐらいで。「一朋」など大吟醸熟成酒は、少し冷たいくらいから室温までがおすすめです。

熟成酒づくりのロマンは、続きます。

一本義が熟成酒造りを始めて20数年。世界の熟成酒の中では、20年、30年などまだまだひよっこです。日本酒の最高の熟成とはどういったものなのか。その答えを見つけるには、これから何世代にもわたる時間が必要だろうと想像しています。いや、ひょっとすると、永久に答えの出ないことかもしれません。しかし、そこが熟成酒づくりのロマンなのです。だからこそ挑戦を続けていきたいと思います。

スパイシーな熟成変化が楽しめる

古熟

一本義の限定流通酒「伝心」の旧商品である特別純米酒を熟成。現在の熟成期間は20年。

慕古其の弐

一本義 純米酒を熟成。現在の熟成期間は15年。

一本義古酒1999

美しい琥珀色、柑橘系の上品な酸味と黒糖を連想させる甘みの調和。

香味と、トロリとしたまろみを楽しめる

大吟醸熟成酒 一朋

最上級品質の大吟醸酒をマイナス温度の冷凍貯蔵庫内で長期に熟成。
モンドセレクション 4年連続 金賞受賞(1999~2002年)、インターナショナルサケチャレンジ 金賞(2002年)。