奥越前の酒米ものがたり

越の雫

奥越前発祥の新品種への挑戦

「農業経営の将来を見据えて、五百万石に続く酒米を作りたい。それも奥越前独自の新品種を」。昭和58年、JAテラル越前の若手職員は、次なる挑戦を目指し全国各地の酒米集めに奔走します。

その中心メンバーであったJAテラル越前 指導販売部の木瀬護夫部長(取材当時)は語ります。「各地から集めた酒米は20品種以上。それらをもとに交配作業を繰り返しました。しかし交配は組み合わせだけでも膨大な数で、気の遠くなるような作業が何年も続きました。求められた要件は、酒造適性はもちろん、冬が早く訪れる奥越前の気候風土に合い、稲熱(いもち。代表的な稲の病気)や冷害に強く安定した収量が望めること。さらに五百万石のように早生(わせ。8月下旬など早くに刈取りできる品種の稲)ではなく、中生(なかて)、晩生(おくて)といった、五百万石より後に植え、後に刈取り時期が来る品種であることも課題でした」。

新品種づくりに挑戦してから10数年間、試験栽培が繰り返されます。一本義も毎年のように、試験醸造を行ないました。その結果は、収量の確保はできたものの、醸すと雑味が多かったり、上出来な酒造特性を発揮したにもかかわらず、倒伏など安定栽培が難しかったり。その挑戦は困難を極めます。それでも農家、JA、酒蔵は、奥越前発祥の品種づくりをあきらめることはありませんでした。20年にわたる努力が報われたのは、平成12年のことでした。

なんとも優しい風合い、「越の雫」誕生

平成12年、「兵庫北錦」を母に「美山錦」を父として交配させた「大系5号(後の「越の雫」が試験醸造されます。農家、JA、酒蔵の3者が行なった呑み切り会は、いまでも語り草になっています。一同は、今まで一本義が追求してきた“力強くピュアで、キレイな香味”という酒造りとはまったく異なる、なんとも優しい風合いに驚きます。この新品種に大きな可能性を感じた瞬間でもありました。

その後、一本義は大系5号をものにするため、試験醸造を続けます。そこで分かったのは、五百万石の「芯の強さ」や、山田錦の「キメの細かさ、優美さ」とは異なる、「潤い・優しさ・なめらかさ」という個性でした。タンパク含有が五百万石よりも低く、高精白が可能で吟醸酒づくりにも適していました。

平成10年前後の試験田の写真。「大系四号」は、酒造特性が高かったものの、倒伏しやすく、安定的な収量が確保されないことから不採用となりました。

平成14年には、大系5号を使用して、30%という高精白で醸した大吟醸酒を金沢国税局酒類鑑評会に出品し、優等賞(旧金賞)を受賞することもできました。

その後、大系5号は、「越の雫」という名前で平成15年に品種登録をかなえます。
現在、越の雫は、一本義銘柄の「純米吟醸」「金印」などに、伝心銘柄の「凜」「稲」などに使用されています。一本義は、地元オリジナルの酒米を手に酒を醸すことのできる幸せを噛みしめながら、新しい味わいの創出へ挑戦を続けています。

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